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香山リカを読みまくってみる

本当は、他に優先させなければならないことがたくさんあるのですが
そこから逃避するように、香山リカの本を一気に読んでいます(笑

雨宮処凛との対論「生き抜くこと」を読んでいたら

むかむか怒りがこみ上げてきて眠れなくなってしまったので書きまーす!

(何やってんだか)



=第一章・存権って守られてる?=


処凛さんは反貧困ネットワークの副代表であり、「ワーキングプアの反撃」「生きさせろ!難民化する若者たち」などの著作もあり
現代日本の貧困問題において積極的に発信なさっている方だと思います。


(こないだ学校に来た時、私も行けばよかった)



本来(?)私は、”反貧困”という概念には懐疑的であり


むしろ、お金もモノも極力すくないほうがいい、

”貧しきものは幸いなり”というような発想の見直しみたいなことを勉強している側なのですが、



格差には間違いなく抵抗や怒りや反発心があります。



堤未果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」の時も(書評?はmixiにですが)書きました。



”食ってけない”というレベルにまで落としこまされていくと

「希望は、戦争。」(p31・生き抜くこと)という状況すら往々にしてありうるということです。


(日米の”貧困”の状況・普通の生活ができないほどの経済状況に落とし込まされていく⇒もちろん、生活を改善できるような雇用もない⇒お金のために傭兵となるor戦争状態になれば何かが変わるはず=というかそれくらい激変しないとむしろ変われない場所に落とし込まされてい、もうそれくらいが希望だetc...)


一人で戦争を起こすことはまず不可能だと思うので、(国家主義などのunity感を大事にし始めたり⇔個人主義)
非行・犯罪・テロなどで、自己の様々な確認作業みたいなものが増えていくのではないでしょうか。




私が怒りを覚えていることは、格差がどんどん広がっていった時に
どんな場合も”下”の方にいる人は、”上”の人を見やすいわけですが

”上”の方にいる人は、”下”の方にいる人に関心が向かないという事実です。


偽善などとも揶揄されますが私が
xChangeを開催したり


一年近く美容院に行ってなかったりw飲み会に行かなくなったり

 するのは

(というか、そういう風に変わっていったのは)


どこかで罪の意識と怒りがあるからでしょうか。


アフリカって貧困の代名詞みたいに使われたりしますが、
そういう海外の事情も気になります。
(もっともっと昔はむしろそっちにしか目が向いてませんでしたが)


大学に入って以来、


エコと言ったらじぇっし と周りの友人たちが思ってくれているみたいなのですが

私が気にしている環境って、木の数とか、どれだけエレベーターを使わないか
だけではないのですよ。笑
対談 生き抜くこと対談 生き抜くこと
(2008/10)
雨宮 処凛香山 リカ

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